育児ノイローゼから解放してくれた言葉(4) 育児ノイローゼから解放された言葉(6)
1月 05

謹んで新春のご挨拶を申し上げます。

正月ムードのせいか、
ちょっと気分が華やいで、育児ノイローゼを忘れています。
今回は、新年にちなんだ歌を紹介したいと思います。

「元旦や おめでたいとは 金剛の
       信を獲たる 人にこそあれ」

正月ともなると、顔を合わせれば、
「明けましておめでとう」
と言い合っています。
でも、本当におめでたいのでしょうか。
おめでたいのは、阿弥陀仏に救われ、金剛の信心を獲た人のみであると、
歌われています。

「如何なる人来りて云い妨ぐとも、
すこしも変らざる心を金剛心という」(後世物語聞書)

 金剛心とは、金剛石、いわゆるダイヤモンドのように、どんな人に攻撃されても、
微動だにしない信心のことをいうそうです。
 私なんて、
「子供がいうことを聞かないのは、
母親の育て方が悪いのよ」
などとだれかに言われたら、それだけで落ち込んじゃうのに。
育児ノイローゼになったのも、他人の言葉に振り回されていたことも
大きいと思うんです。
だれに何を言われても、全く変わらない心になれるなんて、
すごいですよね。
おめでたいわけです。
私もそんな心になりたいなあ。

こんな心の世界があることが広く知られれば、
育児ノイローゼになる人も少なくなるのではないでしょうか。
もう一首、新年にちなんだ歌を教えてもらいました。

 「門松や 冥土の旅の一里塚
    めでたくもあり めでたくもなし」

 トンチで有名な一休さんが、元日の朝に、骸骨を叩きながら、
「めでたい、めでたい」
と京の街を歩き回りました。
それを見た京の人たちは、
「縁起でもない」
と、家の戸を固く閉ざして嫌った。
「目出たいとはこのことを言うのだ」
と一休は、骸骨の大きな目の穴を指さして、万人に必ずやってくる
死を警告したんだそうです。

阿弥陀仏に救われた人は、死に近づくままが弥陀の浄土に向かっているから、
「めでたくもあり」。
まだ救われていない人は、後生の一大事に向かって進んでいるから、
「めでたくもなし」。
 冥土の旅の一里塚の元旦を迎えて「めでたい」とは、
最悪の死が近づいているのに、「めでたい」と言っていること。
頭がオメデタイんじゃないのかって、
ことですよね。
一休さんの痛烈な風刺です。

お正月気分……なんて言っていた私も、頭がオメデタイ一人なんですね。
本当の意味で、めでたい新年を迎えられる人になれるよう、
親鸞聖人の教えを、今年は一生懸命、聞いていきたいと思っています。

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