私の育児ノイローゼは親鸞会親鸞会で知ることができたある言葉がきっかけで、心が解放されたような気持になったと前回、書きました。
その言葉というのは、以前にも少し触れましたが、
「帰命無量寿如来 南無不可思議光」
です。
これは、親鸞聖人の書かれた『正信偈』冒頭にあり、浄土真宗の人たちは、この『正信偈』を朝夕、拝読していて、とても親しんでいる言葉だそうです。
実を言うと、私の生家も真宗だったんですよね……。
といっても、特に両親が熱心というわけでもなく、縁があるのは、葬式法事の時だけだったので、育児ノイローゼになって、親鸞会の人と出会うまでは、全く関心がありませんでした。
ところが、この2行に、ものすごい意味があると、分かったんです。
「親鸞は、人生の目的を達成したぞ!
親鸞は、本当の幸福に救われたぞ!」
と、無限に叫んでも足りないほどの喜びを表された言葉だったんです!!
「無量寿如来」も、「不可思議光(如来が省略されている)」も、
阿弥陀如来という仏さまの別名だそうです。
「帰命」は、中国の昔の言葉で、「救われた」という意味、
「南無」は、インドの昔の言葉で、「助けられた」という意味。
だから、この2行は、
「親鸞は、阿弥陀如来に救われたぞ!」
親鸞は、阿弥陀如来に助けられたぞ!」
と同じことを繰り返されていることになります。
どんな時に私たちは、同じことを繰り返すでしょうか。
受かりたかった学校に合格した時、
「やった!やった!やった!」
って叫びますよね。
「やった」
と1回だけってことは、まずないんじゃないでしょうか。
私は、大学受験は経験してないんですけど、
高校に受かった時、やっぱり、何度も「やった!やった!やった!」
と言いました。
それから、久しぶりに実家に帰省した時なんかも、
「おお、来たか、来たか、来たか」
と、両親は喜んでくれます。
待って待って待っていたものが来た時、
うれしいことが実現した時、その喜びを繰り返さずにおれないですよね。
親鸞聖人は、2回どころか、無限に言いたいほどの喜びを、
ここに表されていると聞いたのです。
〝言っても言っても言い尽くせないほどの喜び?〟
〝そんな世界があるの!?〟
最初は、信じられない気持ちだったのですが、
聞けば聞くほど、底知れぬ世界なんだと分かってきて、
そしたら、なんだか、私の育児ノイローゼなんて、
ちっぽけなことに思えてきたのでした。
まあ、現実は、それほど甘くはないですけれど……。