5月 28
夫の協力もあり育児ノイローゼの症状もほんの少しずつ改善方向へ向かっていった私ですが、あることがきっかけで、育児ノイローゼという呪縛から解放されたような気持になったことがあります。
それは親鸞会で仏教を学ぶ知人からもらった1冊の本に育児に関する記事が載っていたからです。
仕事のストレスや育児ノイローゼに関する記事が書いてありその1文がこれです。
『一つ二つは 泣きざかり 三つ四つは あばれざかり 七つ八つは 憎まれざかり 十と五六は 勉強ざかり 二十五六は 働きざかり 三十五六は 分別ざかり 四十五十は 年寄りざかり 六十七十 死にざかり』
正直、はじめは何のことかわかりませんでした。
しかし、何度も読んでいてわかったことがあるのです。
この文面には案外人生にとって大事なことをしてきしているのではないか?ということを・・・
私は、子供を育てるために必死に頑張ってきました。
その気持ちは今でも変わりはしませんが、当時の私は頑張らなければという気持に自分自身の心が振り回されていたように思います。
知人に教えてもらった親鸞聖人の包み込むようなあたたかい言葉にふれ、私は心が救われ思いになりました。
私は自分自身を見失っていたんです。
必死だったうえに自分一人で突き進み、安らぎや落ち着きを与えてくれる場所や人を忘れていたんです。
親鸞聖人は救われて、阿弥陀仏や、自分の先生である法然上人に感謝していました。
私は、自分がノイローゼになり、感謝の心も忘れ、他人を恨み、世間を呪っていることしかしていなかったと思います。
親鸞聖人の言葉を知ったことで、見失っていた自分を改めて見つめることができたからこそ育児ノイローゼから脱出し、元気に立ちあがることができたのではないでしょうか?!