育児ノイローゼから解放してくれた言葉(11) 育児ノイローゼから開放された言葉(13)
7月 01

今回も、育児ノイローゼから解放された言葉ということで、続けて書きます。
娘を連れてのテレビ座談会、重ねて聞かせていただいています。

先月末にお聞きした中で、心に残ったのは、

「全人類は、

  〝この坂を越えたなら、幸せが待っている〟

    という信心をもって生きている」

というお言葉でした。

すべての人は、何かを信じなければ生きていけない。
何かを頼りに、何かを心の明かりにして、生きています。

今の私だったら、さしずめ、子育てかなあ。
育児ノイローゼがすっかり解消して、
順調に子育てできて、この子が立派に成人したら……と夢を抱いています。
きっと人の親だったら、私のような育児ノイローゼにかかったことの
ある人もない人も、共通している夢じゃないかな。

ワールドカップで8強入り、という目標を持っている選手、
(今回は、PK戦で負けちゃって、惜しかったですね)
参院選の当選を悲願にしている人、
英検合格、大学合格、司法試験合格、
恋人がほしい、あの人と一緒になりたい、こいつと離婚できたら、
100万の借金を返せたら、住宅ローンを完済できたら、
500万貯まったら、宝くじが当たったら、
課長になりたい、店長になりたい、商売繁盛などなど、
もっている目標、生き甲斐は、
十人十色とはいえ、みんな、
「○○したら、幸せになれる」
と思って生きている。

坂だから、上るのは苦しい。
その苦しみを我慢して生きているのは、その坂を越えたなら、
幸せになれると信じているから。

ところが、この歌の続きは、

 
「そんな言葉を信じて、超えた七坂四十路坂」。

 

坂を越えたら、また、坂だった。

「越えなばと思いし峰に 来てみれば


      なお行き先は 山路なりけり」

という別の歌にもあるように、坂を越えても、
なお、急な坂が待っているだけだった。
その坂を越えたなら……とまた、上っていく。
この繰り返しが死ぬまで続く。
まるで円形トラックをグルグル回っているように。

仏教では、こういうのを

「流転輪廻」

「輪転」

というんだそうです。
有限の命を持った人間が、無限に続く円周を回っている。
これでは、悲劇あるのみです。

その悲劇に気づいた人が、自殺していく。
あるいは、「本当の人生の目的が知りたい」という心の渇きを
癒したいと、オウムなどの邪教に迷っていく。

この苦しみの輪、流転輪廻から出離する道を教えられたのが、
仏教だとお聞きしました。

「生死の苦海ほとりなし
 久しく沈めるわれらをば
 弥陀弘誓の船のみぞ
 乗せてかならずわたしける」
     (親鸞聖人)

苦しみの波に溺れている、ずーっと昔から溺れている私たちを
阿弥陀仏の本願の船だけが、乗せて必ず幸せの身に救ってくだされるのだ、
と、親鸞聖人が断言されています。

船のことは、まだよくは分からないけれど、
グルグル流転輪廻していることは、分かるような気がします。
育児ノイローゼも、その輪廻の一つだと思いますし。

そこから脱出できるなら、してみたい。

これも、それが出きると知れば、万人が望むことでしょう。

 

ほんと、仏教って、底知れず深い教えなんですねえ。
また、重ねてお聞きしたいと思っています。

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