育児ノイローゼから解放してくれた言葉(8) 育児ノイローゼから解放された言葉(10)
4月 02

1歳になったばかりの娘を連れて、テレビ座談会、続けて聞かせて
いただいています。
そのおかげか、育児ノイローゼに陥ることもなくなってきました。

最近、聞かせていただいたお話に、
「私がこの世に生を受けたのは、
どんな因縁によるのか」
という内容があって、すっごく心に残りました。

仏教の根幹は「因果の道理」
すべての結果には必ず原因がある。
原因なしの結果は、万に一つ、億に一つもない。

太平洋のまん中に飛行機が墜落するなど、原因不明、ということはあっても、
原因がなかったわけではない。
結果が起きるには、因だけではなくて、縁も必要。
例えば、モミだねという(因)に、太陽の光や水などの(縁)が加わって、
米という結果ができるようなものです。

では、私は、どんな因縁で、この世に誕生したのか。
父が(因)で、母が(縁)となって、私が生まれた、と考える人が
多いのではないでしょうか。
正直、私も、そんな風に思っていました。

でも、それじゃあ、兄弟が皆同じになるはずです。
因と縁が全く同じなんですから。

実際は、兄弟、双子といっても、全く違う。
それはなぜか。

両親の体調のよかった若い時に生まれた兄は、できがよく、
両親が若くなくなった時に生まれた妹は、できが悪かった、
という考えもありますが、
では、なぜ兄の時に、妹は生まれなかったのか。
先に生まれたらよかったのに……、
となると、説明がつきません。

仏教では、(因)は、私自身の過去世の業で、
(縁)が父母だと教えられているそうです。

  ─────
  │  │  │
  │  │  │
  過  │ 父、母
  去  │
  の  │
  業  │
     
     │
     私

過去世の業というのは、私が生まれてくる前にやってきた行いのことです。
私の魂の歴史というのは、この世70年、80年などという短いものではなくて、
「昿劫」 とか、 「多生」 とかいわれる、永い永い歴史があるとも聞きました。
そんな歴史のある私の業が、両親と結びついて、今の私となったのですね。

してみると、私の娘も、よほどの因縁があって、私の子供として
生まれてきたんだなあ……と思いました。
そんな過去世からの深い深い因縁があって、今、親子となっているのですから、
育児ノイローゼなんかになっている場合じゃないって思いました。

そんな昿劫多生の間、求めてきた目的を果たすために
人間に生まれてきたと聞きました。
仏法って、聞かせていただけばいただくほど、深さの知れない教えなんですね。

育児ノイローゼが縁となって、
今、こんな素晴らしい教えを聞けるようになったのだから、
育児ノイローゼも有難い縁だったといえるのかなあ。

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