6月 15

親鸞会で教えを学ぶ知人との出会いが私を育児ノイローゼから立ち直らせてくれた!と今となってははっきりと言えます。
あの頃の私は、この苦しみがずっと続くのかとばかり考えていて、子供をかわいい、愛おしいという気持ちがどこかかけていたように思います。
子供が泣けば気が狂ったように大声で叫びものにあたり、ひどい時では子供自身に当たってしまっていた私。
その瞬間は自分が自分でないような状態なので、叩いていることにすら罪悪感を感じない。

しかし、ようやく気が収まるころには、子供に対しての罪悪感でいっぱいになり、胸が張り裂けそうになる。
この時は「もうやめよう」「母親失格だ」なんて反省はするももの、子供が泣くとまたイライラのスイッチがONになってしまう・・・・。

今でも時々、子供を保育園に迎えに行く時なんて億劫になるときがある。
子供ができなくて悩んでいる人には贅沢な悩みだと思われるかも知れませんが、子供が厄介者のように思えてしまって・・・
気持ちが滅入ってしまうんですよね?!
こんなことじゃ子供の教育というか性格に悪影響があるのではないかと心配ではあるけれど、でもなんだか子供のことを考えると滅入ってしまう・・・。

こうなったらやはり親鸞会へ人生相談をしに行った方がいいのでしょうか?
仏教は、心が専門。心の問題について、きっと解決の道を教えてくれると期待していいんじゃないかな、と思うんです。
そうすることで、今の私が救われるんじゃないかと思うのです。
何かに頼ろうとするなんて弱い者のすることなんでしょうか?!
だったらそれでもいいです。
なんとか子の育児ノイローゼから逃れることができ、子供とちゃんと向き合えるなら何にでも頼り縋りたい気持ちでいっぱいです。

5月 28

育児ノイローゼの希望の光

私の育児ノイローゼ, 育児ノイローゼの特徴と症状By みーちゃん コメントは受け付けていません。

夫の協力もあり育児ノイローゼの症状もほんの少しずつ改善方向へ向かっていった私ですが、あることがきっかけで、育児ノイローゼという呪縛から解放されたような気持になったことがあります。
それは親鸞会で仏教を学ぶ知人からもらった1冊の本に育児に関する記事が載っていたからです。
仕事のストレスや育児ノイローゼに関する記事が書いてありその1文がこれです。

『一つ二つは 泣きざかり 三つ四つは あばれざかり 七つ八つは 憎まれざかり 十と五六は 勉強ざかり 二十五六は 働きざかり  三十五六は 分別ざかり 四十五十は 年寄りざかり 六十七十  死にざかり』

正直、はじめは何のことかわかりませんでした。
しかし、何度も読んでいてわかったことがあるのです。
この文面には案外人生にとって大事なことをしてきしているのではないか?ということを・・・

私は、子供を育てるために必死に頑張ってきました。
その気持ちは今でも変わりはしませんが、当時の私は頑張らなければという気持に自分自身の心が振り回されていたように思います。
知人に教えてもらった親鸞聖人の包み込むようなあたたかい言葉にふれ、私は心が救われ思いになりました。
私は自分自身を見失っていたんです。
必死だったうえに自分一人で突き進み、安らぎや落ち着きを与えてくれる場所や人を忘れていたんです。

親鸞聖人は救われて、阿弥陀仏や、自分の先生である法然上人に感謝していました。
私は、自分がノイローゼになり、感謝の心も忘れ、他人を恨み、世間を呪っていることしかしていなかったと思います。
親鸞聖人の言葉を知ったことで、見失っていた自分を改めて見つめることができたからこそ育児ノイローゼから脱出し、元気に立ちあがることができたのではないでしょうか?!

5月 08

私の育児ノイローゼ③

私の育児ノイローゼBy みーちゃん コメントは受け付けていません。

日に日に私の育児ノイローゼがひどくなっていくことに不安になった母が夫に直接話をしたことがあるそうです。
今、私が育児ノイローゼであること。
子供の体に無数のアザがあること。
そして、母が一番強く言ったことは、育児は一人では出来ないということを夫に伝え、私の心の悩みを解消しストレスをなくすことができるのは夫婦である夫しかいないということ、だからこそ育児に関して夫婦で悩み、考えて子供を育てていってほしいと涙ながらに訴えたそうです。

そんな母の言葉が効いたのか、それから育児に積極的になった夫。
しかし、気づいたころには遅かったんですよね!
夫の両親から度重なる育児に関する文句や指図にストレスを感じていた私は育児ノイローゼのピークに達していて、夫にも子供にも自分にも無関心で放心状態の日々が続いてしました。

この状態ではいけないと、子供を連れてアパートを借り3人での生活がスタートしたのです。
今思えば夫も賭けだったのではないでしょうか?!
育児ノイローゼの私をさらに孤独にさせるようなものですから・・・・
しかし、日中は保育園に子供を預け私を病院へ連れて行き、夜は私の話を聞いたり積極的に育児をする夫がいたのです。
そして、当時の私はすべてのことに無関心だったにも関わらず、そんな私を相手に夫は仕事でのことやテレビドラマを見た感想など、正直どうでもいいようなことですが何とか会話をしようとしたり、土日には3人で外出したり、時には実家の母に子供を預けて二人で外出すると言ったことをしてくれました。

4月 27

私の育児ノイローゼ②

私の育児ノイローゼBy みーちゃん コメントは受け付けていません。

私が育児ノイローゼだと初めに気づいたのが実家の母。
育児ノイローゼの症状を感じることがなくなった最近、母が出産直後の私について話してくれました。
当時の私は、育児で悩みろくに睡眠をとることが出来ていなかったためか、目がうつろで子供を抱いているのにもかかわらず、無表情で無関心といった感じがすごくしたといいます。
実際に当時のことを思い出そうと思っても、何を考えていたのかはっきりと思い出すことができないのです。

産後2ヶ月が経過したころからは、インターネットを使い子育ての悩み相談をしたり、いろんな人の体験談を読んだり、育児の参考書を買いあさっていました。
しかし、子供は100人いたら100人分の個性があり、それに合った育児法があるということを当時は知る由もなく、参考書の通りにいかない・・・などとさらに自分の育児に関する不安が高まりストレスとなっていきました。

そして、同じような時期に出産をした子供が「夜もぐっすり寝てくれる」なんて聞けば、なんでうちの子は寝ないんだ!と子供に当たるようになり、自分では気づかない間に他の子と比べてそして無意識のうちに子供に対して手を挙げてしまっていたのです。

そんなある日。
実家へ子供を連れて帰ったときに、子供の体にあるアザを母が見つけ私が育児ノイローゼであることを悟ったようです。
次の日に精神科の病院へ連れていかれて診察を受けました。
しかし、育児ノイローゼなんて薬で治るものじゃないんですよね・・・・。

たとえ治ったとしても、子供がいなくなるわけじゃないんです。
また泣いたりぐずったりすると、無意識のうちに子供に対して虐待をしている私がいました。

3月 03

私の育児ノイローゼ

私の育児ノイローゼ, 育児ノイローゼになるまでBy みーちゃん コメントは受け付けていません。

最近の男性は育児にも積極的だという話を聞いていたのですが、それはどうやら限られたごく一部の人にしか当てはまらないようです。
私が育児ノイローゼになった原因として考えられるのは、やはり「夫の存在」が大きかったのではないでしょうか?!

晩御飯の準備をするときくらい育児をしてくれてもいいのに・・・・
お風呂だけでも代わりに入れてくれたらいいのに・・・
食事が終わったなら、私が食べ終わるまで育児を代わってくれたらいいのに・・・

そんな育児に関することで夫への不満が積もり積もったのも原因の1つだと思うのです。
食事の準備や後片付けのときは「仕事してきて疲れている」と言って子供の育児どころかオムツすら変えようとしない夫。
お風呂も面倒だし泣くからと言ってお風呂に入れようともしてくれない夫。

「この子は私一人で育てていかなければいけない」
「世間に出しても恥ずかしくないような子にしなければいけない」
そんなプレッシャーが私を苦しめ、育児ノイローゼへと連れて行ってしまったのだと思います。

日を重ねるごとに増えていく夫への不満と睡眠不足と育児に関するストレス。
やはりこのストレスを解消する矛先となってしまったのが無抵抗の子供。
泣くたびに大声を張り上げ怒鳴りちらしてしまったり、時にはトイレに閉じ込めたり、部屋に置き去りにしてしまったり、泣く子を手加減もなく何度も何度も強く叩いている私がいたのです。

この時はまだ育児ノイローゼというものがどんなものかわかっていなかったのですが、その時の私といえば無表情でボーっとしていることが多く、目もうつろで、睡眠不足というよりも寝ることすらできず、ずっと家の中に閉じこもり、夫から頼まれていたこともすぐに忘れてしまう、いわばアルツハイマーの初期症状の状態だったと思います。

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