6月 30
私の育児ノイローゼは親鸞会で知ることができたある言葉がきっかけで、今まで育児に雁字搦めにされて身動きのとることができなかった私の心が解放されたような気持になったことを覚えています。
それまでは、このままずっと育児ノイローゼに悩まされて老後まで育児ノイローゼをかかえながら過ごすのか?なんて思っていたのです・・・。
しかし、私の育児ノイローゼはただ単に育児ノイローゼだけではなかったようです。
育児によって溜まったストレスが原因でうつ病も発症していたようです。
病院の先生がいうには、うつ病と育児ノイローゼの違いというのは普通の人が見ても判断がつかない難しいものだそうなんです。
育児ノイローゼの症状としては睡眠障害や思考能力・食欲・物欲に関する関心の低下やパニック障害、食欲の異常や引きこもりといったような様々な症状があるようです。
これらの育児ノイローゼ症状を改善する方法としては夫や家族の支えが一番なのです。
自分が実際に体験して分かったことなのですが、「自分一人で子供を育てている」といった気持になってしまい、子供のことで夫に相談しても相談にのってくれなかったり真剣に話を聞いてくれなかったり、時には自分一人の時間をもつことが出来ていたなら育児ノイローゼになることはなかったのではないでしょうか?!
今では夫も私が育児ノイローゼで悩んでいるということを理解してくれているため、育児には協力的で私の話も聞いてくれます。
でも・・・
これがもう少し早ければよかったのに・・・
そうしたら育児ノイローゼにならなくて済んだはず・・・。
いまさら育児ノイローゼのことを悔やんでも仕方無いのですが・・・。
次回からは私が育児ノイローゼから解放された親鸞聖人の教えをご紹介していきたいと思います。
6月 15
親鸞会との出会いが私を育児ノイローゼから立ち直らせてくれた!と今となってははっきりと言えます。
あの頃の私は、この苦しみがずっと続くのかとばかり考えていて、子供をかわいい、愛おしいという気持ちがどこかかけていたように思います。
子供が泣けば気が狂ったように大声で叫びものにあたり、ひどい時では子供自身に当たってしまっていた私。
その瞬間は自分が自分でないような状態なので、叩いていることにすら罪悪感を感じない。
しかし、ようやく気が収まるころには、子供に対しての罪悪感でいっぱいになり、胸が張り裂けそうになる。
この時は「もうやめよう」「母親失格だ」なんて反省はするももの、子供が泣くとまたイライラのスイッチがONになってしまう・・・・。
今でも時々、子供を保育園に迎えに行く時なんて億劫になるときがある。
子供ができなくて悩んでいる人には贅沢な悩みだと思われるかも知れませんが、子供が厄介者のように思えてしまって・・・
気持ちが滅入ってしまうんですよね?!
こんなことじゃ子供の教育というか性格に悪影響があるのではないかと心配ではあるけれど、でもなんだか子供のことを考えると滅入ってしまう・・・。
こうなったらやはり親鸞会へ人生相談をしに行った方がいいのでしょうか?
そうすることで、今の私が救われるんじゃないかと思うのです。
何かに頼ろうとするなんて弱い者のすることなんでしょうか?!
だったらそれでもいいです。
なんとか子の育児ノイローゼから逃れることができ、子供とちゃんと向き合えるなら何にでも頼り縋りたい気持ちでいっぱいです。
5月 28
夫の協力もあり育児ノイローゼの症状もほんの少しずつ改善方向へ向かっていった私ですが、あることがきっかけで、育児ノイローゼという呪縛から解放されたような気持になったことがあります。
それは親鸞会から配られた1冊の本に育児に関する記事が載っていたからです。
仕事のストレスや育児ノイローゼに関する記事が書いてありその1文がこれです。
『一つ二つは 泣きざかり 三つ四つは あばれざかり 七つ八つは 憎まれざかり 十と五六は 勉強ざかり 二十五六は 働きざかり 三十五六は 分別ざかり 四十五十は 年寄りざかり 六十七十 死にざかり』
正直、はじめは何のことかわかりませんでした。
しかし、何度も読んでいてわかったことがあるのです。
この文面には案外人生にとって大事なことをしてきしているのではないか?ということを・・・
私は、子供を育てるために必死に頑張ってきました。
その気持ちは今でも変わりはしませんが、当時の私は頑張らなければという気持に自分自身の心が振り回されていたように思います。
親鸞聖人の「帰」の言は「至」なり「命」の言は「業」なり、「招引」なり。
という言葉があるように、私は帰るところを忘れていたんです。
必至だったうえに自分一人で突き進み安らぎや落ち着きを与えてくれる場所や人を忘れていたんです。
私にとっての帰る場所は夫ではないか?!
親鸞聖人も「帰命無量壽如来」と弥陀のに救われ助けられたというように、私を助けてくれるのはこの言葉と夫なのではないか?!と思うようになったのです。
そして、この言葉を知った私は「帰るところ」を見つけることができたからこそ育児ノイローゼから脱出し、元気に立ちあがることができたのではないでしょうか?!
5月 08
日に日に私の育児ノイローゼがひどくなっていくことに不安になった母が夫に直接話をしたことがあるそうです。
今、私が育児ノイローゼであること。
子供の体に無数のアザがあること。
そして、母が一番強く言ったことは、育児は一人では出来ないということを夫に伝え、私の心の悩みを解消しストレスをなくすことができるのは夫婦である夫しかいないということ、だからこそ育児に関して夫婦で悩み、考えて子供を育てていってほしいと涙ながらに訴えたそうです。
そんな母の言葉が聞いたのが、それから育児に積極的になった夫。
しかし、気づいたころには遅かったんですよね!
夫の両親から度重なる育児に関する文句や指図にストレスを感じていた私は育児ノイローゼのピークに達していて、夫にも子供にも自分にも無関心で放心状態の日々が続いてしました。
この状態ではいけないと、子供を連れてアパートを借り3人での生活がスタートしたのです。
今思えば夫も賭けだったのではないでしょうか?!
育児ノイローゼの私をさらに孤独にさせるようなものですから・・・・
しかし、日中は保育園に子供を預け私を病院へ連れて行き、夜は私の話を聞いたり積極的に育児をする夫がいたのです。
そして、当時の私はすべてのことに無関心だったにも関わらず、そんな私を相手に夫は仕事でのことやテレビドラマを見た感想など、正直どうでもいいようなことですが何とか会話をしようとしたり、土日には3人で外出したり、時には実家の母に子供を預けて二人で外出すると言ったことをしてくれました。
4月 27
私が育児ノイローゼだと初めに気づいたのが実家の母。
育児ノイローゼの症状を感じることがなくなった最近、母が出産直後の私について話してくれました。
当時の私は、育児で悩みろくに睡眠をとることが出来ていなかったためか、目がうつろで子供を抱いているのにもかかわらず、無表情で無関心といった感じがすごくしたといいます。
実際に当時のことを思い出そうと思っても、何を考えていたのかはっきりと思い出すことができないのです。
産後2ヶ月が経過したころからは、インターネットを使い子育ての悩み相談をしたり、いろんな人の体験談を読んだり、育児の参考書を買いあさっていました。
しかし、子供は100人いたら100人分の個性があり、それに合った育児法があるということを当時は知る由もなく、参考書の通りにいかない・・・などとさらに自分の育児に関する不安が高まりストレスとなっていきました。
そして、同じような時期に出産をした子供が「夜もぐっすり寝てくれる」なんて聞けば、なんでうちの子は寝ないんだ!と子供に当たるようになり、自分では気づかない間に他の子と比べてそして無意識のうちに子供に対して手を挙げてしまっていたのです。
そんなある日。
実家へ子供を連れて帰ったときに、子供の体にあるアザを母が見つけ私が育児ノイローゼであることを悟ったようです。
次の日に精神科の病院へ連れていかれて診察を受けました。
しかし、育児ノイローゼなんて薬で治るものじゃないんですよね・・・・。
たとえ治ったとしても、子供がいなくなるわけじゃないんです。
また泣いたりぐずったりすると、無意識のうちに子供に対して虐待をしている私がいました。
4月 03
今回も、私の育児ノイローゼの話よりも一般的に言われる育児ノイローゼに関するお話をしたいと思います。
近頃特に多くなった育児ノイローゼからくる虐待のニュース。
でも、これって育児をしている人から言わせると人事ではないように思うことが多いと思います。
育児ノイローゼになるか否かは出産直後によって決まるといってもいいのかもしれません。
育児ノイローゼの特徴としては出産直後、母体は妊娠を継続するためのホルモンから簿中を出すためのホルモンに急激に分泌を切り替えなければならなく、その影響として出産後特に母乳の出始める3日目あたりから鬱になるケースが一般的に多いといわれています。
この妊娠を継続するホルモンの影響は、体だけではなく精神面にも強烈に影響があるのです。
妊娠中の負担や出産の傷と疲労や体力が回復しないまま、自分の体をいやす間もなく果てしなく続く育児をこなしていかなければいけないため、この時期の母親は心身ともに大変なストレスがのしかかっている状態で過ごすことになるのです。
育児ノイローゼは初めての妊娠や出産をした人に多いといわれますが、必ずしも2人目3人目を出産する人が育児ノイローゼにならないか?!ということは断定できません。
その出産する時期のストレスの度合いによっては3人目を出産する人でも育児ノイローゼになる可能性もあるのです。
また、子供を育てるということは本当に大切なことで、毎日家事をしながら子供の面倒をみるだけでも体力も使うし、かなりのストレスがかかります。
育児ノイローゼの症状としてはこのようなストレスが溜まり発散することができないことが原因で子供への虐待となってしまうわけです。
そんな時に、夫や家族が数時間だけでも子供の面倒をみたり、愚痴を聞いてくれるだけでも育児ノイローゼや虐待へ陥らずにすむのではないでしょうか?!
3月 26
今まで私の妊娠、出産そして育児ノイローゼになるまでの過程をお話してきました。
あれから約2年。
今では子供が成長し聞き分けをすることができるようになったためか、育児ノイローゼのような症状は出てこなくなり・・・・
それもすべては、ある1つの希望と出会えたからです。
そのことについてはおいおいお話していきたいと思います。
今回は、私の育児ノイローゼのお話ではなく育児ノイローゼと体について考えてみたいと思います。
育児ノイローゼだけに限らず、人間の脳は強いストレスがかかると脳に傷を作ってしまうのです。
育児に関するストレスがかかりすぎた場合、初めての子供を出産した母親はそのストレスに耐えきれず育児ノイローゼになってしまう。
何をするにも多少のストレスは感じるものかもしれません。
しかし、あまりにも「ちゃんとしなきゃ」という責任を強く感じている母親にとって育児に関する必要以上のストレスは母親自身を苦しめ病気にしてしまうのです。
その原因には、育児ノイローゼになるということは脳に傷がつき正常な判断ができなくなるということが考えられます。
育児ノイローゼはれっきとした精神の病気なのです。
しかし、どのような有名な病院へ通っても育児ノイローゼを治すことはできないでしょう。
そもそも、精神科医たちが精神病である育児ノイローゼの原因を特定することができず、その原因に対応いたっ治療法を確立していないからなのです。
育児ノイローゼにならないためにも、脳を傷つけないでおこう!なんて言っても、育児ノイローゼの原因をなんとかしない限り、育児ノイローゼなんて改善するはずもないんですよね!
3月 03
最近の男性は育児にも積極的だという話を聞いていたのですが、それはどうやら限られたごく一部の人にしか当てはまらないようです。
私が育児ノイローゼになった原因として考えられるのは、やはり「夫の存在」が大きかったのではないでしょうか?!
晩御飯の準備をするときくらい育児をしてくれてもいいのに・・・・
お風呂だけでも代わりに入れてくれたらいいのに・・・
食事が終わったなら、私が食べ終わるまで育児を代わってくれたらいいのに・・・
そんな育児に関することで夫への不満が積もり積もったのも原因の1つだと思うのです。
食事の準備や後片付けのときは「仕事してきて疲れている」と言って子供の育児どころかオムツすら変えようとしない夫。
お風呂も面倒だし泣くからと言ってお風呂に入れようともしてくれない夫。
「この子は私一人で育てていかなければいけない」
「世間に出しても恥ずかしくないような子にしなければいけない」
そんなプレッシャーが私を苦しめ、育児ノイローゼへと連れて行ってしまったのだと思います。
日を重ねるごとに増えていく夫への不満と睡眠不足と育児に関するストレス。
やはりこのストレスを解消する矛先となってしまったのが無抵抗の子供。
泣くたびに大声を張り上げ怒鳴りちらしてしまったり、時にはトイレに閉じ込めたり、部屋に置き去りにしてしまったり、泣く子を手加減もなく何度も何度も強く叩いている私がいたのです。
この時はまだ育児ノイローゼというものがどんなものかわかっていなかったのですが、その時の私といえば無表情でボーっとしていることが多く、目もうつろで、睡眠不足というよりも寝ることすらできず、ずっと家の中に閉じこもり、夫から頼まれていたこともすぐに忘れてしまう、いわばアルツハイマーの初期症状の状態だったと思います。
2月 27
私の育児ノイローゼは妊娠と同時に始まったといっても過言ではありません。
夫やその両親から喜ばれなかった妊娠でしたが、日に日に大きくなっていくお腹。
その時期は自分一人じゃないんだ!と母性本能でしょうかね?私がこの子を守るんだ!なんて考えていたことを思い出します。
そして2週間ほど早い出産でしたが、2116gの女の子を無事に出産することができました。
しかし、低体重の子供って基本的に激しくなく傾向があるためか低体重の子供を持った親の何割かは育児ノイローゼに陥るそうです。
そんな私も今ではだいぶん育児ノイローゼも落ち着いてきましたが、子供が誕生してすぐのころはひどい育児ノイローゼに陥ったことを覚えています。
赤ちゃんが誕生し、普通ならば涙を流して喜ぶんでしょうが、私の場合何か気が抜けたというか・・・
守ってきたものがなくなったそんな気持ちになってしまい、そのあと数日間は無気力状態がつづき病院の先生も心配になったのか通常5日で退院のところ10日間入院することになったのです。
退院し実家へ戻ったのはいいのですが、24時間常に子供に付きっきりでトイレにもろくに行くことができず睡眠不足が何日もつづいたことを覚えています。
低体重が関係しているのか、常に抱いていなければ泣いてしまう子供。ひとりで遊んでいることができない子供。
本当にイライラ・・・・。
そしてとうとうこの日が来てしまったのです。
子守で疲れがピークに達したころ40度の熱を出した私。
子供の泣き声もおむつの匂いもすべてが嫌で・・・そして、深夜に泣き出したわが子を布団の上に強くたたきつけてしまったのです。
2月 01
私が結婚したのが2005年の春。
そしてその約1年後に子供を妊娠しました。
妊娠が判明したのが2006年の6月。
不妊治療の末にようやく自然妊娠をすることができただけに、妊娠が発覚した時の喜びは本当にいまでも鮮明に覚えています。
はじめは夫には内緒にしておいて、仕事から帰ってきてからか、それとも喧嘩した時にでも「実は妊娠しているの」なんて言おうか・・
どんなシュチュエーションで妊娠を告白しようか考えていたほどです。
しかし、結局はいてもたってもいられず、電話で妊娠したことを告げたのですが・・・。
でも、夫の反応はいま一つ。
さらに友人と飲みに行くから飲み屋まで運転しろといい私を連れ出し、いったん家に戻った私を再度深夜に呼び出す電話が・・・「次はカラオケに行け!」その次は・・・
結局は明け方5時まで連れまわされたあげく、自分たちはお店でワイワイ。
私は車で待機というのが何時間も続き・・・。
日を改めて妊娠を告げても、喜びもしない夫。
この時に気づけばよかった・・・。夫が育児に全く興味がないということを・・・。
そして、当時は夫の両親とも同居をしていたのですが、その両親も私の妊娠を喜ぶどころか、本当に夫の子供なのか疑い始めたのです。
毎日、仕事と家の往復だけの私がどこでほかの男性と知り合う機会があるのでしょうか?!
へんな疑いをかけられ妊娠も喜んでくれない。
こんな喜ばれない妊娠をしたのは私だけなんじゃないでしょうか?!
今、思えばこの当時から私のノイローゼは始まっていたのかも知れません。
今は育児ノイローゼなんて言われているけれど、本当は夫と夫の両親に対してのノイローゼだったのではないか?と考える毎日です。